Ambitious!
「ほしたら先生、さようなら」 日直のアタシは、先生に日誌を渡して職員室を出ようとした。 「あ、遠山、ちょお待てや」 剣道部を見ていこうか思案していたところで先生に呼び止められた。 振り返ると、先生がおいでおいでしとる。 「何ですか?」 「お前、進路調査の用紙、まだ出してへんやろ」 「あ……」 そうやった。 アタシは進学するつもりでいるものの、志望校はまだ決めてない。 やって、特にしたいこともないし……。 中学くらいまでは、看護師とか栄養管理士とかも考えた。 ――平次の役に立つだろうと。 けど、そんなん、平次の側におられへんかったら意味ないし……そして今のアタシは、子分のまま平次の側にいるよりも、いっそのこと離れてしまおうと思ってる。 自分の進路は自分で決めなアカンのやけど。 平次抜きにして考えたとき、アタシには何も残ってないように思えて……。 やりたいことがなければ希望の学部も決まらんくて、当然、学校が決まるわけがない。 黙ってうつむいてしまったアタシに、先生は近くの椅子を勧めてくれた。 そして、目を合わせてちょっと笑う。 「なあ、遠山? 自分の進路について悩むのはええことやと思う。けどな、そんな胃に穴開くほど思いつめることでもないねんぞ? 東京とか、神戸とか、住んでみたいとこないんか? みんな、志望校の動機なんてそんなもんやぞ」 「……」 大阪を出るなんて、考えたことなかったなあ。 「ほんなら、いくつかバラバラの学部選んで受験して、受かったとこから選ぶ、ちゅーのもアリやと思うで」 「そんな適当な」 「いやいや。意外な得意分野が発見できるかもしれんでえ? ほんで、通ってみて合わへんかったら転科するなり違う学校に編入するなりすればええんや。お前の歳でやり直しのきかんことなんかあらへん」 「けど……」 「適当に進路決められるのなんて、今だけやぞ? トシとるごとに選ぶことへの責任が大きなってくる。子供の特権は使えるうちに使っとけ」 「はい」 笑って言ったアタシに満足そうな顔を見せた先生は、ふと眉間にしわを寄せた。 「そういや、服部も進路調査まだなんや」 「そうなんですか?」 平次は……とっくに東都大で出してると思ってたけど……。 「あいつ、スポーツ特待断ったやろ」 アタシは黙って頷いた。 平次は剣道で推薦の誘いがいくつも来ていた。 けど、平次はインハイに出た年は好成績やけど、出やんだ年もあるし……なんせ、地区大会で殺人事件にかまけて不戦敗した年もあるしな。 部活の出席率悪いし、剣道が強ても特待生扱いされるような優等生やないんやけど。 少子化で大学が生徒獲得に苦心する中、探偵として関西では名を馳せている平次が入学すれば、それにつられて女子が受験して、男子も――つまりはそういうこと。 それはおっちゃんやおばちゃんはもちろん、平次も気づいてることやから、「客寄せパンダにされるいわれはあらへん」て全校断った。 「その気になりゃ東都大も余裕かしらんけど、油断しとったら浪人やぞ、て言うといてくれ」 「はぁい」 やっぱ、平次は東都大なんかな。 今度こそ職員室を出たアタシは道場に行く気が失せて、まっすぐに家に帰――ろうとして、平次のおばちゃんに家に寄るよう言われていたことを思い出した。 ――今は平次の顔、見たないんやけどな。 けど、おばちゃんとの約束やから。 アタシは平次の家に向かった。
「いらっしゃい、和葉ちゃん。あれ、平次は一緒とちゃうの?」 「平次はまだ部活とちゃうかな」 おばちゃんはしょうがないなあ、という顔をする。 「あの子、受験生の自覚ゼロやな。もう、あんまり事件にも首突っ込まんように言うたらな」 ぶつくさ言いながら、居間でアタシにお茶を出してくれる。 「そういえば和葉ちゃんは志望校決まったん?」 「まだなんよ。それでさっきも先生に呼び止められて」 喉がごくり、と鳴った気がした。 「平次、も……まだ進路希望、学校に出してないんやろ? 先生がそない言うてはった」 「そうなんよー。まぁったく、何考えとんのやろ、あのアホ息子。まあ、どっちにしろ、卒業したら家から追い出すけどなー」 「誰を家から追い出すて?」 「平次!」 「おかえり。誰て、アンタのことに決まってるやん。どこの大学行くのか知らんけど、自立してもらわなな。今しの男は家事くらいできんと」 平次は、おばちゃんの差し出したお茶を飲みながらへーへー、とか言うてる。 「ほんで私は平蔵さんと2人きりv 新婚時代に戻ったみたいやわあ。平次、アンタ、弟欲しい言うてたやろ。それ、叶えたろか?」 ----ぶはっ! 平次が派手に吹き出した。 「いや、ちょっと、汚いなぁ」 「何を血迷ったこと言うとんねん! トシ考えろや!」 「ま、失礼な。和葉ちゃんも、一緒に面倒見てくれるやろ?」 「あ、うん」 「お前も普通に返事すなっ! 何年前の話しとんねん。今さら弟なんかいるかい!」 「そーお?」 「そーお、ちゃうわ!」 「そういやアンタ、志望校まだ決めてないんやて? アンタのせいで、和葉ちゃんが先生に怒られたそうやないの」 ……おばちゃん、話がだいぶ変わってる気がするんやけど……。 けど、いきなり核心に迫った話で、アタシはそれを言葉にすることができんかった。 そんなアタシに気づくことなく、平次はおせんべいに手を伸ばしながらこともなげに答えた。 「ああ、大阪M大に決めたわ。明日、先生に言う」 「えっ!?」 思わず大声を出したアタシを、平次が不審そうに見る。 「何や」 「やって、東都大は!? 工藤くんのところに行くんとちゃうの?」 「あのなあ」 平次は心底呆れた顔をする。 「なんでオレが工藤追っかけて大学決めなアカンねん。第一オレが東京に行ってもーたら、誰が大阪の平和を守るんや」 いや、それは、お父ちゃんとか、平次んとこのおっちゃんとか、大滝ハンとかやろ。 「やけど、みんな平次は東都大やって」 「おお、なんや、勝手にそんな話になってるみたいやな。東都大狙てるやつらからえらい嫌味言われたわ」 「なんで……大阪M大なん」 「それそれ」 平次は嬉しそうな顔をする。 「現役退いたばっかのFBIの偉いさんが数人、日本の大学で教鞭とる予定があるて聞いたんや。実際にこっち来るのはまだ先みたいやねんけどな、その学校がどこか、調べてもらっててん」 「それが、大阪M大?」 「そうや。2回か3回生になる頃にはこっちに来てるやろ。あ、この話はオフレコやぞ。乳のでっか……いや、東京のジョディ先生からの極秘情報やからな」 て、アンタ、落ちたときのこと考えてないな。 「やから、お前も受けろ」 「は?」 「は、とちゃう、お前も大阪M大受験せえ、言うてんのや」 「な、なんで?」 「なんでとちゃうわ。さっき聞いたやろ? 進学したら1人暮らしや。誰がオレのメシ作んねん」 め、メシ……。 「平次」 おばちゃんが改まった声で呼んだ。 平次もぴくりと反応しておばちゃんを見る。 「高校卒業してすぐに同棲はどうかと思うわ」 「「は?」」 アタシと平次がハモった。 ど、どどどど、同棲!? 誰が!? 誰と!? 「まあ、アンタが、遠山さんに半殺しにされても和葉ちゃんと一緒に暮らしたいんやーて言うなら、お母さんからもお願いしてあげやんこともないけど」 「コラ、オバハン! 何わけのわからんこと言うてんのや! 気でも違たんか!?」 「親に向かってなんて口きくの。そんなことやと、一緒に遠山さんとこ行ってあげやんよ」 「行かんでええわい!」 「ごめんな、こんな乱暴者やけど。末永くよろしゅうしたってな?」 え、え? 展開の早さについけてやんのやけど! あわあわするアタシの前で、 「そうとなったら、やっぱ弟は作ってあげられんわ。トシの近いおじさんとか言うのも、なあ?」 「やから、同棲なんかせんて!」 「あ、けど、アンタ、ちゃんと気をつけなアカンよ。和葉ちゃんかてまだ遊びたいやろし、学生のうちは甲斐性もないし、子どもはちゃんと就職してからやで。お母さん、援助なんするつもりないからな」 「ちょー待て、なんの話や!」 「遠山さんとこ行くのは、金曜の夜にしよな。アンタも痣作って学校行って、なんやかや言われたないやろ?」 ……などなど、マイペースなおばちゃんと平次の間で噛み合わん会話が続いてる。 えーと……。 アタシの、平次から離れる決意は? ――でも。 まだ平次の側におってもええ、ってことやんな? 平次の誘い(命令?)を喜んでる自分がおるもんなあ。 期待するだけ落胆も大きいって、いい加減学んだと思っとったんやけど。 けど、今はまだ……。
□あとがき□ 平和の進路については既にいろんなサイト様で書かれていると思いますが、敢えて「大阪から出ない」Verを書いてみました。 最初は和葉ちゃんのお母さんはいない、という設定で書いていたのですが、どうもご存命(&同居?)のようなので直しました(これも他サイト様から得た情報・笑)。 他にも直さなきゃいけないのがいくつかあるんですよね、はははー……。
|