3つの袋
部活が終わって礼をして。 頭を上げたところで道場の戸口から声をかけられた。 「和葉! 今日と明日、オカンがおらんのや。メシ作ってくれ」 「オバチャンから聞いとるよ。帰りに買いもんしてくからつき合ってーな」 「へいへい。荷物持ちやろ?」 「そ。着替えてくるから待っとって」 「腹ペコなんや。早よせーや」 そんな会話をしてから更衣室へ向かうと、みんなの視線が注がれた。 「アンタらさあ……何でそれでつき合ってないわけ?」 「服部先輩、手作りのお弁当とか調理実習で作ったものとか、受け取らはらへんってホンマですか? お母さんか和葉先輩の作ったものしか食べはらへんって」 「そんなん噂ちゃうのー? 確かに平次ん家のオバチャンから料理教えてもらってるけど、いくらなんでも極端ちゃう?」 笑ってはぐらかしながら手早く着替えて、「お先に」と平次の元へ急いだ。
――アタシと平次は、本当につき合ってない。 まだまだ平次に告白する勇気はないけど、アタシだって努力してる。 料理はそのひとつ。
中学生の頃やったか、まだ小学校の高学年やったか……平次の人気は年を追うごとに目に見えて上がりプレゼントも増えて、それに比例してアタシの不安もどんどん大きくなっていったことがあった。 アタシは幼馴染で側におるだけやから、いつか、この場に別の女の子が…。 そう悶々と思い悩むアタシに、お母ちゃんが言った。 「和葉。オトコはな、胃袋つかんどかなアカン」 「胃袋?」 「そう。『3つの袋』言うてな。『お袋、堪忍袋、胃袋』や。この3つを大事にしとけば、多少、外でおイタしてもちゃんと戻ってくるもんや」 いきなりそんなことを言われても、何をどうしたら……。 「静華さん、料理上手やろ。教えてもらい。あれほどの腕、そうそうおらへんから、他の女の子よりリードできるで」 なるほど! 「静華さんにはお母ちゃんから話しといたげるわ」 「うん! あ、でも、平次のことは」 「わかってるって。その辺はちゃんと隠しといたげるから安心し」 「ありがと、お母ちゃん」 ――こうしてアタシは、オバチャンから料理を教わるようになった。 おかげで、新鮮な野菜の見分け方から出汁のとり方まで、一通りできる。 そんな女子高生、そうそうおらへんのちゃう?
平次と買い物して、ご飯を作って、アタシもお相伴に預かる。 平次はいつも、「美味しい」とも何とも言わんまま、箸を口に運ぶ。 その度に、「もっと上手にならな」と思ってたんやけど。 ふと、更衣室での聞いた話を出してみた。 「なあ、アンタ、変な噂出てるの知ってる?」 平次は口をもぐもぐ動かしながら、目線だけで続きを聞いてきた。 「手作りの食べ物は受けとらへんのやて。オバチャンとアタシが作ったものしか食べられへんらしいよ」 ――あ、止まった。 ぐっ、とか何とか、平次の喉から音がする。 平次はお茶をひと口飲んでから、「アホか」とだけ言って、ご飯をかきこんだ。
お母ちゃん、「3つの袋」、効果あるわ。 オバチャンのことは大好きやし、言われんでも大事にできてると思う。 料理も合格点みたい。 「堪忍袋」はなかなか難しいけど、頑張らな!
□あとがき□ 今どき、結婚式で「3つの袋」のスピーチする人なんているのでしょうかねー?(笑)(私が働いていた頃は定番でした)
もともと本誌読んでない上、コミックスも途中で止まってます…。 遠山母、何となくちゃきちゃきした性格のイメージです。
遠山父は何か「おイタ」をしたことがあるのでしょうか(笑)。
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