平次君の苦悩
バイクの免許を取って1年。 やっと2人乗りできるようになったから、最近の週末は和葉とツーリングにでかけることが多い。 ――その先でおうた殺人事件。 もちろん、トリックも犯人もこのオレが解いたったけど、深夜になって帰られへんくなってもうた……和葉乗っけて無茶な運転するわけにいかんしな。 幸い、途中でホテルを見つけてそこに宿泊することになった。 と う ぜ ん シングルで別々の部屋やけどな! あー、明日も学校休みで良かったわー。……ついでに和葉ん家のオッチャンも今日は帰らん予定やって……ほんまに良かった……。 一応、オカンには連絡入れたんやけど、なーんや妙に嬉々として「後のことは任せとき。頑張りや!」とか言うし。 何を頑張れ言うねん!
風呂から出てさっぱりしたオレは、早々にベッドに潜り込んだ。 明日は早よ起きて、早々に帰らんと……何もなくても、オッチャンとおうたら気まずいしな。 そんなことを考えていたら、部屋のドアが控えめにノックされた。 「平次……もう寝た?」 和葉? 慌ててドアを開けると、ホテルの浴衣を着た和葉が枕を持って廊下に立っとった。 「何や、こんな時間に。夜這いか?」 「そんなんちゃうよ! ただ……」 部屋に招き入れると、和葉はぎゅうっと枕を抱きしめて口を尖らせた。 「やって、あんな事件に巻き込まれた直後に慣れん場所で……寝られへんねんもん」 まあなあ。 それは無理からぬことやな、さてどないしよう、思たオレに、和葉はとんでもないことを言いよった。 「やから平次、一緒に寝て?」 「はあっ!?」 な、なななな何を言うねん!? 「やって、1人じゃ怖くて寝られへんねんもん。な?」 な? てお前……。 ホンマにテキトーに入ったホテルやから、この部屋にソファなんてないし、かと言って、椅子に座って寝て、明日バイク運転する自信もない、当然、和葉を椅子で寝させる、てこともできんしな……あーっ! こんなことなら、最初っからツインにしといたら良かったー! 言うても後の祭り。 今から部屋変える、なんて言うたらフロントスタッフに何を思われるかわからんし。 「わかった……」 オレはこめかみに手を当てて、そう返事した。 ――スケベ心ちゃうぞ! 和葉から言うてきたことやねんからな! 何でもないフリして、さっさとベッドに入って壁際に寄り、和葉が入れるスペースを作ってやる。片肘を立てて頭を支えるオレの隣に、和葉がもそもそとベッドに入ってきた。 「なあなあ、幼稚園の頃とか、ようこうやって一緒にお昼寝したなあ」 あー、幼稚園通っとったときも、和葉が「怖い夢見たー」言うてはこうやって布団に入ってきよったっけ。先生に「あかんよ」言われても、泣きながらオレから離れんかったなあ。 「だーれーがお姉さん代わりやって?」 そう言うてからかうと、和葉は赤くなって 「やって、平次と一緒やったら、怖い夢見ぃひんのやもん」 とか言う。 「あれからもう10年以上経つんやね……平次はどんどん変わるね」 だあああっ! そんなこと言いながら、腰や背中に手を回すな! 何やねん!? オレは試されてんのか、誘われてんのか!? 「もう、すっかり大人なんやね……」 ――これはもう、誘われてんのやろ。 オレは1人頷いた。 今までお預けされとった据え膳、きっちりいただいたろーやないかい! 「か……」 「やのに、アタシはアカンなぁ……」 ――ん? 何か、雲行きが怪しぃなってきたぞ。 「刑事の娘で探偵の幼馴染やのに、いつまでたっても事件に慣れんと……さっきも平次の横におっても何もできんで」 ――ああ、そういうことか。 オレは宙に浮かした手で、そのまま和葉の頭をなでたった。 「そんなん、和葉は慣れんでもええやろ」 和葉はえ? いう顔でオレを見返した。 「お前は事件になんか慣れんでええ」 事件が起こる要因なんか、憎悪とか嫉妬とか、そんなモンばっかや。 お前は、他人の暗い部分なんか知らんでええ。 ほんで、そんな暗あてドロドロしたところから帰ってくるオレやオッチャンを浄化してくれたらええんや。 「ほれ、もう寝え。明日は朝早いねんからな。事件のことなんか忘れろ忘れろ」 言うてオレは、和葉の頭を胸に押し付けた。 「うん……」 「おっと、キックやパンチはナシやで。お行儀よう寝えよ」 「アタシは寝相悪ないよ!」 ムッとした顔をする和葉。 うわ、下から見上げんな! やぶ蛇やったな……。 和葉はオレの浴衣をきゅっと握って「ありがとぉ、平次……」とつぶやくと、ゆっくり目を閉じた。 目を閉じると同時に、深い寝息が聞こえてくる。 ……ホンマにこいつの寝つきの良さは天下一品やな。 そんなことを思いながら、オレも目を閉じた。
寝られるわけなんか、あらへんけどな! |