服部家の大晦日
台所で年越し蕎麦の用意をしていると、背後に人の気配を感じた。 「お蕎麦、海老天とかき揚げ、どっちがええ?」 「海老」 「あっ、コラ! お重からつまみ食いせんの! こっちに余ったのあるから」 「ん」 キレイに盛ったお節料理のつまみ食いを寸前で阻止して、小皿に分けた黒豆を箸でつまんで相手の口元に持っていく。 「美味しい?」 「ん」 特に感想は述べず、今度は田作りを顎で指す。 「はいはい」 田作り、かまぼこ、なますと続いて、さすがに眉をひそめた。 「これで最後やで? お蕎麦食べられやんくなるやん」 「ほな、最後にソレ」 そう言って、揚げたばかりの海老をねだる。 「しゃーないなあ」 苦笑して、まだ熱い海老天に息を吹きかけて口元に持っていく。 「あーっ、おとーちゃんがおかーちゃんに甘えとるー!」 急にそう声をかけられて、思わず海老天を落としそうになる。 咄嗟に手でキャッチして口に入れた。 「だーれが甘えてたじゃ、コラ!」 「ふうふうしてもうてたやーん」 「食べさしてもろてたん、見たもんなー」 「なー」 「黙らんと、お年玉ナシやぞ!」 「そんなん嫌やー」 「きゃーっ」 笑いながら逃げる子ども達を追いかけて、つまみ食い犯は向こうへ行ってしまった。 「もうすぐご飯やからね! ほどほどにしとかなアカンよー」 和葉は3人の背後へ声をかけ、続きに戻った。 「さっ、急がな、日が暮れてまうわ」 少し低めに結ったポニーテールが左右に揺れる。
――高校を卒業してから10年後の、服部家の大晦日。
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