隣の部屋の嫌なヤツ


「映画研究同好会」。
 俺が所属するクラブの隣の部屋だ。
 そこには、斉藤とかいう気味の悪い男が住んでいるらしい。
「らしい」というのは、奴が家に帰っている気配がないからだ。
 部室から出て洗顔し、部室から出て講義に出席し、部室へ帰ってくる。部屋の中には寝袋もあった、と行ったことのある奴から聞いた。
 他の奴は幽霊部員なんだか、名義貸しなのか斉藤以外に部室を使っているような奴はおらず。
「映画研究同好会」なんていっても、映画館に行っている様子もなければ部屋にテレビもない。
 完全に私物化してるじゃねえか、そんなんアリか!? とは思うが、みんな見て見ぬふりをしている。
 というのも、奴には「幽霊が見える」「祟りが起きる」とかの噂があるからだ。
 幽霊を信じているわけではないが、やっぱり気持ちのいいもんじゃない。
 隣へ行った奴は超能力を見せられて金を巻き上げられたと言うし、斉藤と同窓の奴は「本当は片目が真っ赤」だとか「中学のとき、死体を見つけた」とか言って震えるし……嘘か本当か知らないが、関わらないに越したことはない。
 それがただの噂だろうが真実だろうが、俺には関係ないことだ。
 ま、そんなわけで、斉藤とは部室への出入りが一緒になって目があったとしても会釈ひとつしたことがなかった。
 向こうも向こうで、俺のことなんか見えてないって風に無視してたし。
 俺から挨拶してやる義理もねえ。
 他人になんか興味ねえって態度で、いっつもジーンズにワイシャツ、ボサボサ頭、あれじゃあ彼女はおろか友達すらいねえだろうな。
 何度か構内で見かけたこともあったが、案の定、斉藤は常に1人だった。

 が!

 最近、部室に女の子が出入りするようになった!!
 最初は、超能力とやらの噂を信じて見に来たのかなと思ってたんだよ。
 しかし彼女は毎日のように――しかも1日に何度も――斉藤の元にやってくる。
 超能力だとか幽霊だとか、そういうのに興味のありそうなアブない女かと思いきや、ほっそりした色白で、少し茶色い髪をショートカットにした、可愛い女の子!
 しかも斉藤と正反対の超いい子で、俺と目が合うと笑顔で「こんにちは」と挨拶してくれる。
 斉藤にダマされてるんじゃないか、と思うんだけど……構内で見る2人は、どちらかといえば彼女のほうがまとわりついて、斉藤はそれを鬱陶しがっているように見える。
 おいおい、この俺がフリーだってーのに、それはないだろう……。


「……っ! だから……くんはっ!」
 おおっと、今日も始まったか?
 放課後。
 隣から、女の叫び声が聞こえてきた。
 俺はもう慣れたが、クラブに入ったばかりの1年がビビっている。
「ちょ、先輩、なんスか、今の声」
「隣だよ。いつものことだ。ほっとけ」
「はあ……」
 何を言っているかはっきり聞こえないが、どうも斉藤はいつも彼女を怒らせているらしい。
 聞こえてくるのは彼女の声だけだから、斉藤はあのやる気のなさそうな顔で聞き流してるんだろうなー、可哀想に。
 あんなやつほっといて、こっちに来れば俺が優しく慰めてあげるのに。
「俺、喉渇いた。何か買ってくるわ」
 俺はそんなことを思いながら、部室を出た。
 と、隣から出てきた彼女と目が合った。
 彼女はすぐに顔をそむけたけど、真っ赤になった目はしっかり見えた。あーあー、あいつに泣かされたのか。
 チャンス到来。どうしたの、と声をかけようとした俺の言葉を遮って、低い声が響いた。
「晴香」
 開けたままのドアから、こちらに向いて座ったままの斉藤が見える。
 彼女を泣かしておきながら、追いかける気ナシかよ、おい!
 斉藤は俺を見ると、少し驚いたような顔をしてため息とともに立ち上がった。
「うるさい! こんなときだけ名前呼ばないで!」
 斉藤は、めんどくさそうに頭を掻いた。
「喚くな。近所迷惑だ」
 こいつ! 泣いてる女の子に向かってなんてことを!
 さすがに一言言ってやろうとした俺の前で、斉藤は彼女の腕と顎をつかんで自分の方へと向かせた。
「何よぉ……八雲君なんかぁ……っ」
 彼女はぼろぼろと涙をこぼしながら、斉藤に抱きついた。
 斉藤は彼女を支えて室内へ入ってしまった。
「騒がせたな、すまない」
「あ、いや……」
 すっかり毒気を抜かれた俺はドアが閉まっていくのを見ていたが……何だよ、ドアに思いっきり穴開いてるじゃねえか!
 これじゃ、中の様子が丸見えだぞ!
 俺が見ていると知ってか知らずか、彼女は斉藤に抱きついたまま泣きじゃくり、何と斉藤は、唇で彼女の涙を拭っていた。
 ……んだよ、ラブラブかよ。
 つーか、あの男、名前呼んだだけで、なんも言ってやってねーじゃん。
 彼女はあれでいいのかよ……。
 2人の様子を呆然と見ていると、斉藤と目が合った。
 奴は俺と視線を合わせたまま、ゆっくりした動作で彼女の頬を撫で、そのまぶたに口付けた。
 彼女の両腕が、斉藤の首に回される。
 斉藤は彼女の視線を戻し、ぎゅっと抱きしめて――。
 その後は、さすがに見てられなかった。
 きっと、チューとかしてんだろーな、ちくしょー。
 あの2人、しょっちゅうケンカしてるみたいだけど、毎回チューで仲直りしてんのかな。
 ちぇ、羨ましいぞー。
 やっぱり、斉藤なんか嫌いだーっ!

 ……俺も早く彼女作ろ……。


□あとがき□
 確か、八雲君の実家のお寺は徒歩圏内、ということは、きっと小・中学のクラスメイトとか同級生とかいるだろうな、と。
 ちゅーか、早くくっつけ、この2人!(メインジャンルの2人もそうだが)

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