37巻後
事件から一夜。 午後になってようやく台風も落ち着き、静岡県警がやってきた。
信楽の身柄を引き渡し、簡単な事情聴取を終えて、可奈、想、マイセンは取調室代わりの部屋から出た。 笹塚もすぐに開放されたが、「他県の事情聴取や捜査なんて滅多に見られない」と言って居残っている。
何となく部屋に戻る気になれず、可奈が食堂に入って腰を下ろすと、想とマイセンもそれに倣った。
ふと、マイセンが口を開いた。
「燈馬。あなた、日本を出る気はないのですか?」 想は質問の意図をはかりかねてかすかに首をひねった。 「日本には飛び級制度がないと聞きました。あなたのその頭脳を高校生として埋もれさせておくのは人類の損失です。――海外への留学を考えたことは?」 想は気まずそうに答える。 「……それは。 僕、実はMITを卒業してまして……日本には去年の春に帰ってきたんです」
想が最後まで言い終えないうちに、マイセンが何か言った。 早口の英語で可奈には聞き取れない。 けれど、最後に「with
us」と聞こえた気がして、可奈は咄嗟に手を伸ばした。
「光栄なお話ですが、今はこの生活が気に入っているので」 想の返答は、はっきり日本語だった。
驚くマイセンを、想は真っ直ぐ見返す。 「彼女がわからない言語で話をする気はありません」
「そう」 マイセンは苦笑する。 「『今は』と言ったわね。将来的にはわからない?」 「――そうですね。 今の高校を卒業するつもりではいますが、その先のことはまだ考えていなくて」 カタン、と音を立てて、マイセンが立ち上がる。 「FBIはあなたを歓迎しますよ。その気になったらいつでも連絡してちょうだい」 そう言って、食堂から出て行った。
想の服をつかむ可奈の手には、小柄な体には似つかわしくない骨ばった手が重ねられていた。
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