初めての髪、初めての表情(かお)
可奈は今日も、放課後、想のマンションに立ち寄った。 想はパソコンの前、可奈は床に寝転んでマンガを読んでいた。 可奈がふと気配を感じて顔を上げると、想の視線とぶつかった。 「……何?」 何となくもそもそと起き上がり、思わず正座などしてしまう。 「髪」 「は?」 「髪に触ってもいいですか?」 ……急に、何を言うんだろう。もしかして、聞き間違い? 気を取り直して、もう一度。 「ごめん、も一回。何?」 しかし可奈の期待に反して、想は同じ言葉を繰り返した。 「髪に触ってもいいですか?」 「なっ!? ななな、何で!?」 激しく動揺する可奈に反して、想のテンションは変わらない。 「キレイだなと思って。ダメですか?」 「だ、ダメってわけじゃないけど」 「じゃ、失礼して」 想が席を立って、可奈の隣に座る。 その手が、可奈の髪にそっと触れた。 「思ったよりも柔らかいんですね」 「そそ、そおお?」 自分の髪と想の手が、首筋をかすめてくすぐったい。 「……水原さん、いい匂いがしますね」 突然、髪がつん、と引っ張られたのでそちらを見ると、想が髪の先を唇に近づけようと……! 「ちょ……っ! 何やってんの!」 「何って、コロンじゃなさそうなので、何の匂いか確かめたかったのですが」 「そんなのつけてないよ! 多分、シャンプーだよ」 言いながら、髪を想の手から奪還した。 「もういいでしょ? お終い!」 対する想は、一瞬驚いた後、すぐに無表情になった。 「なんでですか? 僕はもういいなんて言ってません」 怒っているのがわかる。正直怖い……でも恥ずかしい! 「何ででも! もう終わり!」 「納得できません」 詰め寄られて顔が近い。 可奈は顔を背けながら「終わりったら終わり」を繰り返す。 けれど想も負けてはいない。納得のいく説明を求めてどんどん迫ってくる。 「恥ずかしいんだってば! もうやめてよぉ」 半ば押し倒された状態になって可奈が半泣きで訴えると、想の動きがぴたりと止まった。 我に返ったようだ。 「あ……、すみません、水原さん。大丈夫ですか?」 想が身を起こして、可奈に手を差し伸べる。 「燈馬君のばかっ」 可奈は想の手を振り払って自分で起き上がった。 「本当にすみませんでした。……泣かないでください」 「泣いてないっ」 「でも、ほら」 想がそっと可奈の目尻をなで、指についた雫を見せてきた。 〜〜〜〜この男はっ! 「泣いてるのなんか自分でわかってるよ! 泣いてないって言ったら見て見ぬふりしなさいよ、デリカシーなし男!」 「す、すみません」 想はびくりと手を引っ込め、可奈の目からは堪らず涙がぽろぽろと零れ落ちた。 「でも……」 「何だよっ」 「泣き顔が可愛いので、見て見ぬふりはできません」 「だ……っ、黙れぇっ!」
――後はご想像どおり。 想は頬についた手形が3日は消えなかった。
□あとがき□ 燈馬君はきっとこれで味をしめて、また可奈ちゃんを泣かせることでしょう。 今回は天然、次回からはきっと確信犯(笑)。
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