真珠の首飾り
「いらっしゃいませ」 自動ドアが開く音がしたので、私は反射的に入り口を見た。 気配と共に笑顔が出るのは、この宝石店に勤めて10年以上のキャリアがなせる業だ。 おや、と思った。 入ってきたのは一人の少年だったのだ――私の知る限りでは、初めてのパターンじゃないだろうか? 自慢じゃないが、安売りをするような店ではない。 そういった雰囲気を察してか、カップルでも学生風のお客はほとんど来ないのに……。 しかもこの少年、妙に落ち着いている。 男性が一人で来ると、きょろきょろそわそわするものなのに。
いかにも慣れていない、といった雰囲気のお客にはすぐに声をかけるようにしているが、この少年は少し観察することにした。 店員に声をかけないということは、商品受け取りなどのお使いで来たのではないだろう。一体……。 と、目的のものを見つけたのか、一角にあるショーケースに近づく。 顎に指を当て数秒見ていたかと思うと、おもむろに私を見た。 「すみません、これ下さい」 凝視していたところへ目があった気まずさと、少年の言葉に驚いたことが重なって、反応が遅れてしまった。 気を取り直して、少年の指すものを見た。 ……これは。 確かにこの店の中では安いほうだけれど、決して彼のような少年が買えるような品物でない。 不審に思ったが、そんなことは顔に出さず、笑顔で聞いてみる。 「ありがとうございます。失礼ですが、お母様へ?」 「い、いいえ」 冷静だった少年の顔に、さっと赤みが差した。 えっ、まさか、彼女へのプレゼントとか? ちょっとちょっと、これはまだ早いでしょう。純情そうな少年だし、まさか騙されてたりなんてこと……。 「あら、彼女へかしら。お客様くらいのお年でしたら、ピアスなどのほうが手軽にお使いいただけるのでは」 言いながら、ピアスコーナーを案内しようとした……が。 「いえ、これを下さい」 重ねてそう言われたら「かしこまりました」と返事をする他ない。 金額の桁をひとつ間違えているのかしら、可哀想に。 金額を言ったら驚いた顔をして、「やっぱりいいです」とか言うんだろうなー。 勝手にそんなことを思いながら金額を告げると、少年は驚きもせずに、財布を取り出した。 どうやら払ってくれるらしい――この子、何者!? 「あ、ありがとうございます。お包みいたしますので、そちらにおかけになって、少々お待ちくださいませ」 少年から出された紙幣を受け取り、私はショーケースから真珠のネックレスを取り出した。 「あ、包装はしなくていいです」 ――は? 「あの……プレゼントでは……?」 自分でも間抜け顔になっているという自覚はある。が、私にはそれほど意外な言葉だったのだ。 少年はまた顔を赤くする。 「多分、渡す前に包みから出すことになると思うので」 ――?? さっぱりわからないけれど、それならば確かに包装する意味はない。 私はネックレスを箱に収め、そのまま店のロゴの入った紙袋に入れた。 「ありがとうございました」 少年を自動ドアまで送り、その後姿に頭を下げた。
――いつもならば記入していただく顧客カードも、今回はスルーした。 あの真珠のネックレス、誰のものになるのかしら。 全くのカンだけれど、あの少年にとって初めて買ったプレゼントじゃないだろうか。 就職してからクリスマスなんて、売り上げアップのチャンスとしか考えたことなかった。 けれど、彼に幸あれ、と、なんとなく、そう願った。
□あとがき□ 3巻「ブレイク・スルー」より。 燈馬君が1人で宝石店に行ったのを考えると楽しいv 「たいした物じゃない」のとよく似た「本物」を買っちゃうのがちょっとズレてる燈馬くんらしいですよね(笑)(あれは本物だと信じて疑ってない)。
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