スケッチ
燈馬君は、変わらず油絵にハマっているみたいだ。 私が部活で遅くなるときは屋上で過ごして昇降口で待ち合わせ、が多かったのに、最近は美術室にいたり、校庭に出てあれこれ写生したりしている。 時間を忘れて描いてるみたい。 少しは体動かした方がいいと思うんだけどねー。 ま、夢中になれることがあるってのは、いいことか。
「燈馬君、お待たせ!」 帰り支度をして美術室のドアを開けると、案の定、燈馬君がカンバスに向かっていた。 ただ1つ、いつもと違うこと……私の知らない、女の子がいた。 「あ、水原さん、お疲れ様です。今、道具片付けますね」 笑顔を見せてくれる燈馬君。 「あ……うん」 そうだよ、ここは美術室なんだから。 他の人がいたって当たり前のことじゃん。 「お待たせしました。帰りましょうか」 道具などを片付け終わった燈馬君は、戸口で振り返った。 「お先に。また明日」 驚いた私の眼に、嬉しそうに頷く少女が映った。
帰り道。 燈馬君は、右手にカバンと、スケッチブックを持っている。 ふと、最近は何を描いているのか興味が沸いた。 「ね、スケッチブック見せてよ」 「え。まだあんまり上手くないので、ちょっと……」 「えー、ダメなの?」 ダメだと言われると見たくなるのが人情ってもんじゃない? 一旦は諦めたフリをして、「えいっ」とスケッチブックを奪い取った。 慌てて燈馬君が取り返そうとするけど、ふふん、私に運動神経で勝てると思ってるの? 燈馬君が取り返すことを諦めたのを見て、スケッチブックを開く。 どれどれ。 最初のうちはフルーツや置物なんかの静物、それが石膏像になって、やがてグラウンドでやってる部活の様子になって。 単体だったものに背景もついたりして、上達ぶりがよくわかる。 もともと素質があったのか、それとも頭がいい分コツをつかむのが早いのか。 へー、なかなか上手いじゃん。 ペラペラとページをめくっていた手がふと止まった。 ……さっきの子だ。 慌てて次のページをめくる。 ――次も。その次も。 カンバスに向かっているところや、窓辺にもたれて外を見ているところ、これは……話しているところ? ……何気ない表情まで描いてるんだ。 それ以上見たくなくて、スケッチブックを閉じる。 燈馬君に返しながら何気なくを装って聞いてみた。 「さっきの、美術室にいた子、誰? 友達?」 うう、顔がひきつる。 「違うクラスの人なんですが、体が弱くて休みがちなんだそうです。美術は出席日数が足りなくて課題が出ているとかで、最近、美術室でよく会うんですよ」 「……へえ」 そんなことぐらいでアンタから挨拶するほど仲良くなったわけ? 今までだったら、いてもいなくても関わんなかったでしょ。 ましてや、絵を描くなんて。 「水原さん、どうしました? 顔がコワイですよ」 ――どかっ! 「コワイ」って何よ! 燈馬君が涙を浮かべているけど、そんなの知らない! 「急に機嫌が悪くなりましたね……。あ、水原さん」 「何よっ!」 「アイス、食べませんか?」 燈馬君の指差す方を見ると、公園にアイスのパラソルが出ている。 「おごりますよ」 その邪気のない笑顔に力が抜けた。 「……食べる」 「じゃ、ちょっと待っててくださいね」 そう言って、パラソルへ走っていく。 表情や動きが、何だか犬っぽい。こんな燈馬君、久しぶりに見た気がする。 「はい、水原さん」 ――あ、私の好きなバニラだ。 燈馬君はチョコを食べてる。 「機嫌、直りましたか?」 アイスに釣られたと思われるのもシャクだなあ。 そう思って黙っていると、燈馬君が顔を覗き込んでくる。 「まだダメですか」 じゃあ次は、なんてぶつぶつ言ってる。 ――何かおっかしいの。燈馬君が、私の機嫌を直そうとしてくれてる。 「今度、モデルしてあげよっか」 「いえ、それは」 ……何ですって? せっかく気を良くしてたのに、またムカっ腹が立ってきた。 私の顔が変わったのに気づいたのか、燈馬君が慌てたように言う。 「あ、そうじゃなくて! その……人物画はまだ練習中なもので……もっと上手くなったら水原さんを描きたいなと」 とっさに上手い嘘ついてんじゃないわよ。 燈馬君を睨むと、うわ、首まで真っ赤っか! 面白くて、耳をひっぱってみた。 「そうなの?」 「いずれお願いしようと思っていたのに……どうしてあなたはそう……」 さらに赤くなって文句言ってる。 ふふーん、そんな顔で何言ったって、怖くないもん。 ――そっか。あの子の絵は、練習のために描いてたんだ。なーんだ。 本当は、あの子と2人きりになるのもあの子を描くのもやめて欲しいけど、そんなこと言える仲じゃないしね。 今回は「私を描くため」ってことで、カンベンしといてあげるわ。 ね? 燈馬君。
「水原さん! 耳、痛いです!」
□あとがき□ この2人、これでホントにつき合ってないんでしょうか(お前、自分で書いといて)。 先日のブログで女性のお尻(しかも裸)のことを書いたのですが、そこから思いついたネタです(笑)。 さすがにヌードなんて有り得ないだろうけど、燈馬君が女の子を描いてるよ、可奈ちゃんヤキモチ妬いちゃえって。 ところで、咲坂高校には美術部ってないんですかねえ。 あってもクラブに所属しない方が燈馬君らしい気もしますが。
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