タイムカプセル −その後−
放課後。 可奈と想は通学路にある書店から出てきた。 「あーもう、どうして発売日って重なるのかな」 「またこんなにマンガ買って。後々『お小遣いが足りない』って言っても知りませんよ」 文句を言いながらも満足げな可奈に、想は苦言を呈す。 が、可奈は鼻歌を歌いながら聞き流した。 ちなみに、何冊ものマンガが入った書店の紙袋を持っているのは想だ。 「――あれ、水原?」 そんな2人に、声がかかった。 見ると、サッカーの強豪で知られる、隣町の学校の制服を着た男子高生2人だった。 2人ともすらりと背が高く、日に焼けている。 1人は赤い髪をして、1人は黒髪だ。 誰だろう、と記憶を辿った可奈の頭で、光が弾けた。 「もしかして、辛島君?」 赤い髪をした少年は「そのとおり」と笑った。 「えっと、こっちの子は――」 思い出せない可奈に、黒髪の少年は笑うばかりで、辛島はにやりと笑う。 「こいつは新田。覚えてるか?」 「え、新田君!? うそ、全然わかんないよ! 別人じゃん!」 「お前、変わんねーな。本人だって」 可奈の遠慮ない言葉に、辛島も苦笑する。 「ま、わかんないのも仕方ないけどな。こいつ、変わったもん。 オレら、偶然なんだけど、あん時の転校先同じでさ。新田も、向こうでサッカー始めたんだよ。最初は練習がキツくて泣いてたくせに、今ではレギュラーだもんな」 「そうなんだー」 「咲坂高校にやったら強い女剣士がいるって噂に聞いたけど、やっぱお前のことだったんだな」 初めて新田が口を開いた。 小学生の頃からは想像つかないけれど、低く落ち着いた声に「お前」という言葉はしっくり馴染んでいた。 「で、こっちは? オレらと学校違ったよな?」 辛島の言葉に、新田や可奈も想を見る。 「ああ、燈馬君は、高校からだよ」 「カレシ?」 「ち、違うよ!」 辛島は今度は「イシシ」と笑う。 辛島は、可奈の記憶と変わっていなかった。 「立ち話もなんだから、どっか行かねえ? オレ、腹ペコなんだ」 「そうだね、少し行った所にファミレスが……」
「ほーら、やっぱり! オレの推理は正しかった!」 「ロキ!」 そこへ、ロキが突然現れた。 「いつ日本へ?」 「今日だよ、今! マンションに行ったら、お前いねぇんだもん。けど、授業は終わってるはずだから、学校への道順を辿ったら水原と一緒のところに会えると思ったぜ。ドンピシャだ」 「またそんな。事前に連絡くれればいいのに」 「いーのいーの! こうやってちゃんと会えたんだからよ!」 そんなやりとりの後、ロキは辛島と新田を見た。 「で、そっちは? 水原がナンパされ中? 燈馬、何やってんだよ」 「そんなんじゃないよ。2人とも、水原さんと小学生のときのクラスメイトなんだ。 ――では水原さん、僕達はここで。マンガ、お返ししますね」 そう言って紙袋を渡す想の腕を可奈は引っ張る。 「え、燈馬君も行こうよ」 「何言ってるんですか。辛島君や新田君と積もる話もあるでしょう。ロキも来ていることですし」 「そうだけど……」 「じゃ、また明日」 「――あ、明日は朝練ないからね!」 ロキを促して立ち去る想の背中に声をかけると、想は振り返ってにっこり笑った。
「なあ、いいのかよ、野郎2人のところに水原置いてきて」 「2人とも水原さんの幼友達って言ったろ? 僕達は部外者なんだから」 想のマンション。 居間に座るなり、ロキは行儀悪く頬杖をついて、口を尖らせた。 「けどよ、あの2人、絶対、水原に気があるって。これはからかってるわけじゃなくて」 そんなことは、想にもわかっていた。 ――2人が転校したのは、親の転勤が理由ではない。 ということは、引越し先がさほど遠方ではないことは予想していた。 子どもにとっては今生の別れに思えても、高校生となった今では、大した距離ではない。 現に、2人とも着ていた制服の高校は、電車で20分も離れていないところにある。 隣町と比べれば確かにこちらの方が栄えてはいるが、渋谷や新宿にも近い。遊びに出るなら、そちらに行くだろう。 わざわざここに来たのは、もしかしたら可奈と会う偶然を求めていたのではないか――辛島が可奈をすぐに見分けて声をかけたこと、「咲坂高校の女剣士」と聞いて可奈だと思っていたことから、確信を持っている。 ――そして、香坂が言ったように、2人が可奈を好きだったことも。 きっと2人とも、可奈にいつ会っても良いように男を磨いていたことだろう。 特に新田は相当な努力をしたはずだ。 想は、自分に向けられた複雑な色の視線を思い浮かべた。 「いいんだよ」 想が澄まして答えると、ロキはにやりと笑う。 「水原に限って浮気はない、大丈夫、ってか?」 「そんなんじゃないよ」 そんなんじゃない。 ただ、2人には、可奈を諦めてもらわなければ。 そんな思惑があって、可奈をあの場に残したのだ。 おそらく、2人にとって可奈は初恋の相手だろう。 それをすでに思い出にして新しい恋を始めているなら問題ないのだが、2人の自分を見る目を考えると、まだ可奈のことを忘れてはいない。 それならば、自分がいない状況を作って可奈に告白させ、それを可奈が断る――それが、一番手っ取り早い方法だと考えたのだ。 可奈は、自分との間柄を「まだ名前がついていない」と言ったそうだ。 「まだ」名前がついていない――それはつまり、「いずれ名前がつくかもしれない」ということを意味する。 自分と可奈の間に名前がつくかどうかはまだわからない。 けれど、可奈は、数年ぶりに会った級友に告白されて、それをすぐに受け入れることはしないだろう。 想の脳裏に、「ありがとう、でも、ごめん」と頭を下げる可奈の姿が浮かんだ。 「燈馬! 何してんだよ、対戦するぞ!」 呼ばれて振り向くと、いつの間にかロキが勝手にゲームを取り出してスタンバイしている。 あまりツッコまれなかったことを安堵しつつ、想は苦笑した。 「ロキ、まさかゲームしに日本に来たわけじゃないよね?」 「そうだっつったら?」 ロキが再びにやりと笑う。
今日は何時に寝られるんだろう……。 明日、剣道部の朝練がないことを感謝しながら、想はコントローラを手に取った。
□あとがき□ 26巻「夏のタイムカプセル」より。 辛島君はきっと小学生時代からモテたと思うんだけど、新田君もカッコ良くなってたらいいなあ! という妄想。 で、それに燈馬君がヤキモチ妬いたらもっといい!←ちっとも妬いとりませんがな。
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