2010年・冬
制服姿の生徒が正門から出て行く。 その様子を見つめながらしばらく待っていると、目当ての2人が出てきた。
「よお! 燈馬、水原!」 「「ロキ!」」
現在12時30分。 空腹だというロキと可奈の意見が一致して、可奈が雑誌で見て気になっているという店へ入った。
オーダーを取ったウェイトレスが下がると、想が口を開いた。 「今日が午前中だけだって、良くわかったね」 「街ですれ違う学生が『テストうぜー』って言ってたから、お前らももしかして、って思ってな。俺ってやっぱ天才」 ロキはにかっと笑う。 「また何かあったの?」 そう言う可奈には「お前に言われたくねえよ」と返した。 「こっちで学会があってな。昨日で終わったんだが、俺だけ帰国を遅らせてもらったんだ。せっかくだからお前らの顔見てこうと思って。 ま、相変わらず仲良さそうで安心したぜ。――お邪魔だったか?」 半目でからかうように言うと、 「「何バカなこと言ってんの」」 声が完璧に重なる。 目を見合わせる2人に、さすがにロキも呆れたように肩をすくめた。
オーダーした料理が運ばれてきて食べながら近況を伝え合うと、次はやはり話はロキと想の「数学談義」になる。 「ごめん……今、数学の話されると拳が止めらんないかも」と可奈に言われて話題を変えて――ということが何度か続いた。
食事を半分くらい進めたところで、可奈がふと想に言った。 「燈馬君、それ、気に入ったんだ? ちょっとちょうだい」 「どうぞ」 可奈が、想のクリームパスタにフォークを伸ばす。 その様子を見て、ロキは不思議に思った。 「そんな美味そうに食ってたか?」 「燈馬君、美味しいものとそうじゃないものは、リアクションが違うからすぐわかるよ」 言って、パスタを口に入れる。 「んっ、確かに美味しい! ……んー? これ、何の味だろう。燈馬君、もうちょっとちょうだい」 想は無言で許可を出す。 可奈は2口目は無言で食べた。 「うーん? やっぱわかんないや。後で聞いてみようっと」 「ずいぶん味わって食ってたな」 「ああうん、燈馬君家で作れたらいいなと思って」
――は? ロキは目を丸くした。
「あ、これも気になる? 美味しいよ〜」 可奈が皿を想の方に押しやり、想がハンバーグに手を伸ばす。 「珍しいね、燈馬君が人の欲しがるの」 私はしょっちゅうもらってるけどね、と可奈は笑う。
――えーと。 ロキはぽりぽりと頬をかいた。 ――俺って、本当にお邪魔虫なんじゃ……?
想と楽しい時間をたくさん過ごした。 けれど、「美味しそう」なリアクションは記憶にない。 ましてや、人のものを欲しがるなんて。――そもそも、想は「そっちも美味しそうだ」とも「少しくれ」とも言ってない。 「食事なんて食べられれば良い」といった風で、成長期にはずいぶん心配したものだが、案の定、想は小柄なままで――。 ――いや。 もしかして、まだ成長期は続いているのかもしれない。 食事が改善されれば、背もまだ伸びるんじゃ……。
そこまで考えて、ロキは苦笑した。 可奈が気にしていないなら、背が伸びようが伸びまいが、どっちでも良いことだ。 周りがとやかく言うことじゃない。
それよりも。 ――こういうの、日本語で何て言うんだっけ?
「そうだ、『阿吽の呼吸』だ」 「どうしたの、ロキ?」 はっと我に返ると、想と可奈がこっちを見ていた。 「あ……ああ、何でもない。 2人の世界作られちまって、どうしよっかなーって思ってたとこ」 「「なっ……!」」 「ほら、またハモる」 ロキが片目をつむって見せると、2人の顔がさっと赤くなった。
笑って見ていると、可奈が話をそらすように言った。 「こ、この後の予定は?」 「何も考えてない。今日の最終便で帰るけど」 「じゃあ、あんまりゆっくりもできないね。空港まで送るよ。フライトの時間までお茶でも飲もう」 「悪いな」
――空港に着いて、コーヒーショップに入る。 席に着いてあまり時間も経たないうちに、可奈がこっくりこっくりと舟をこぎ始めた。 「寝ちゃって良いですよ」 想が言うやいなや、可奈は想の肩に頭をもたれさせて目を閉じた。途端に深い寝息が聞こえてくる。 「……即行だな」 呆れた顔で言うロキに、想は苦笑を返した。 「テスト勉強で徹夜続きだったからね。――電車に乗ってるときから怪しかったから。ベンチシートに座って良かったよ」 「ほー……」
可奈が眠ってしまったことで、2人は話題を選ぶことなく話すことができるようになった。
時間は瞬く間に過ぎ――ロキの乗る便の案内がアナウンスされた。 「お、そろそろ行かなきゃだな」 「次はいつ来るの?」 想が聞くと、ロキはなぜかにやりと笑った。 「いや、日本の面白い風習を聞いたから、正月を日本で迎えてみようかとも考えてるんだが」 「――ふうん?」 「ま、エバと都合が合えば、だな」 「エバ?」 ――「面白い風習」とは何だろう。初日の出を見るとか、年越し参りをするとか? よくわかっていない想に顔を近づけ、ロキは声を潜めた。 「日本の正月は、『姫はじめ』ってのから始まるんだろ?」 「な……っ!」 かっと赤面して、想が腰を浮かせる。 その動きで、可奈がうっすら目を開けた。 「――とうま、くん……?」 耳元に感じる吐息――想は慌てて可奈の肩をつかんで揺さぶった。 「水原さん、起きてくださいっ。ロキが出発します!」 その言葉に、可奈の目がぱちりと覚醒する。 「えっ、私、そんなに寝てた!?」 「おお、爆睡だったぜ。燈馬の傍はそんなに気持ちいいか?」 「ロキ!」 想は今や、首まで真っ赤だ。
ロキは「そんなに怒んなよ」と笑いながら立ち上がった。 「見送り、サンキュな」 続いて店を出ようとする想と可奈を、ロキは座るよう促した。 「ここまでで良いよ。水原、カップに口つけてねーし。ゆっくりしてけって。 ――じゃあ、またな」 最後にロキは、想の肩にぽんと手を置いて「報告待ってるぜ」と言うと、再び真っ赤になった想ににかっと笑いかけて搭乗口へと向かった。
――飛行機の中で、ロキはにやにや笑いが止まらなかった。 燈馬をからかうのは本当に面白い。 ……でも。 「エバに言ったら殴られるだろーな……」 思わず呟くと、フライトアテンダントが引きつった笑顔で話しかけてきた。 「お客様、失礼致します。あの、ご気分でも……?」 「……あ」 周りを見ると、何人かが慌てて視線を逸らす。 ロキは気恥ずかしくなって咳払いをひとつすると、アテンダントに「大丈夫」と返した。
□あとがき□ 書きかけで放置していたものを無理やり年末仕様に。
つーか、年内最後の更新で下ネタて……ごめんなさいorz
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