Word−想編−
「バカじゃないの!?」 ――何年ぶりに聞いた言葉だろうか――。
幼い頃から「天才だ」「神童だ」と言われてきた。 ――それが、賛辞であれ皮肉であれ。 初めて「バカ」と言われたのは、ハイスクールにいたときだ。 侮蔑する言葉のはずなのに、とても親しみを感じた。 MITに進学して友達もできたが、そこでは聞かなかった。 そして日本。 今またここで聞くとは思ってもみなかった。 目の前にいる彼女、水原さんに言わせると、僕は究極のバカらしい。
HRで、進路希望の用紙が配られた。 それをもとに三者面談を行うという。 進路……何も考えてない。 しかも、三者面談――あの両親を学校に? ……連れてくる自信がない。 とりあえず、三者面談は二者にしてもらわないと、と思っていると、先生と目が合った。 「燈馬、君はいいから。必要ないだろ?」 「あ……はい」 そう言って、先生は教室を出ていった。
「燈馬君は、進路どうするの?」 帰り道。 隣を歩く水原さんが聞いてきた。 先生も興味のないことなのに、変わった人だと思う。 「まだ決めてなくて。水原さんは、どうするんですか?」 「私もまだ決めてない。けど、とりあえず進学かな。何となく刑事とか体育の先生とかいいかなー、なんて」 それは是非、教師を勧めたい。 刑事は24時間勤務の上に危険だということもあるけれど、水原さんのような人が教師だったら、「自分は孤独だった」ということすら気づかなかった僕のような人間はいなくなるかもしれない。 「燈馬君も、先生になったらいいのに」 「は?」 教師? 僕が? 意外すぎる意見に目を丸くする僕を、水原さんは不思議そうに見る。 「向いてると思うよ? 何でも知ってるし、私に根気良く勉強教えてくれるし。わけのわかんない数学の話だって、わかりやすいように説明してくれるし。まあ、ほとんど理解できてないんだけどね〜」 水原さんは笑うが、それではダメなのでは。 「それか、塾の先生とか。MIT出の塾講師なんて、なかなかいないんじゃない? 勉強できすぎて周りから理解されない子たちのこともわかってあげられるじゃない」 「はあ。でも僕、教員免許ないですよ? 私立学校の講師や塾講師でも教員免許のない人間を採用するところは少ないんじゃないかと……」 「あんた、バカねえ」 あ、また。 「何も高校卒業してすぐならなくてもいいのよ。大学ももう1回行ったらいいじゃない」 「そう……ですね」 「私はやっぱ、スポーツ推薦狙いかなあ」 「推薦だと、テストが赤点でも大丈夫なんですか?」 ――ドコッ! 「『口は災いの元』って知ってる? 今度言ったら殴るよ」 「……殴ってから言わないでください……」 後頭部をさすりながら涙目で抗議するも、水原さんの話題はもう次へと移っていた。 「まあ、いいや。それよりもさ、おすそ分けで高級和牛もらったの。今日は焼肉だよ。燈馬君も食べてきなよ」 「でも、そんなにしょっちゅうご馳走になるわけには」 「バカね、何遠慮してんのよ。あ、じゃあ、こうしよう。燈馬君、今日出た宿題教えてよ」 「教えるだけですよ。ちゃんと自分でやらなきゃダメですよ」 「ケチ」 「何か言いましたか?」 「べっつに〜」 ――水原さんとの掛け合いは楽しい。 いつも論理も論法もまるで無視で、予想不可能な展開をするのに。 彼女は、あと何度「バカ」と言ってくれるだろうか? ふと気づいて、笑いがもれた。 「バカと言って欲しい」なんて、自分もやはり変わっているのかもしれない。 「何よ。思い出し笑い? 思い出し笑いする人はスケベなんだよ」 「どんな根拠があるんですか!」
それ以来、テスト期間以外にも水原さんに勉強を教えるようになった。 ――同じ大学に進めば、これからも水原さんの「バカ」が聞ける。 そんなヨコシマなことを考えながら、今日も美味しいご飯をご馳走になっている。
□あとがき□ 燈馬君にとって、「バカ」と言われるのは嬉しいことだと思うのです(まんまだよ)。 大阪人にとっての「アホ」みたいなもの?(大阪の方、違ったらごめんなさい・汗) この後、「水原警部の決意」があるのです。
ところで、燈馬君のことを「バカ」というのは可奈ちゃんだけかと思っていたら、胡さんも言ってたんですよね〜。 慌てて書き直しました。 他の人も言ってたら……見逃してください(逃)。
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